――――あれから。
あの男の気配は、全く感じなくなった――――
7 真実
数週間後だろうか、偶然彼を見たのは。
大学の学内に、どうしてか分からないけど。
俺がたまたま通りかかった教室から、そいつが出てきて。
だけど。
俺には見向きもせず、平然と去っていってしまった。
俺がその様子を呆然と見ていると、後から先生が出てきた。
「八十島じゃないか」
「あ…こんにちは」
ぺこりとお辞儀をして。
…ふと、気になった俺は、先生に質問してみようと思い立った。
「…あの先生、さっき教室から出てきた彼は、誰ですか?」
「あ〜。扇谷裕紀って言うんだ。いつも実験に協力してもらってる」
「実験…?」
「あぁ、八十島も実習が始まったら、扇谷と実験してもらおうと思ってるんだ」
先生は、にこにこ笑っている。
「…どういうことですか?」
「まぁ、立ち話もなんだ。研究室についといで。八十島は優秀だからね、色々教えておくことにしよう」
研究室ってのは、意外に狭い。
「失礼します」
「あぁ、その辺に座って」
俺は古びたソファに腰を降ろして、先生が来るのを待った。
「…ふぅ。で、扇谷の話だな」
先生は立ったまま煙草に火をつけて話し始めた。
「――。…扇谷は。一度ストーカーで訴えられたことがあってなぁ…」
――――…へ?
「あまりいい環境で育っていないからか…愛情の伝え方が分からない、行動の制御ができないみたいで…。
彼自身は、一生懸命だったようなんだけど…な」
「それは…どうなったんですか…」
「もちろん、取調べで無実になったよ。ただ…」
先生は目を伏せて言う。
「扇谷自身が気負ってしまった。未だに、その傾向は取れないみたいだし…。
それをきっかけとしてアイツは…自分を知るために研究に参加している」
――――。
「そういう、ワケだ。八十島は優しいからな。チームリーダーになってもらおうと思ってるから、
事情…理解してやってな」
先生は俺の背中を叩いて激励しているようだったけど…
俺にはそれに応える余裕は無くて。
――――そんな事情があったなんて。
ワザとに付けまわしてたワケじゃ…なかったんだ…。
「それと、今のうちに手話、覚えておいてもらえると助かるな…」
「手話…?」
「扇谷、言語障害を持ってるから…」
……何…?
「言語…障害?」
まるで、空気の流れが止まってしまったかのように
呼吸が続かなくなった
「…ぁ…」
う そ だ
手足がガタガタと震えた。
まさか…、…俺…すげぇ、酷いこと……
―――――何とか、言えよ!!
… ど う 、 し よ う
「八十島?」
「……先、生…俺、…失礼、します」
言い終わらない内に、俺は研究室を飛び出していた。
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